茶碗かご



 「茶碗かご」を作りました。底面はヒゴを磨かず、そのままの皮の部分を使っています。と言うのは、一番外側の表皮には油分が多く含まれており、その方が水を良くはじくためです。一方、縁と胴体のヒゴは包丁で擦って艶を出しており、時間の経過とともに黄色・オレンジ色を経て、やがて飴色に深まっていきます。






 底面の四つ目編みは、ヒゴを2本並べて9本x9本で編んでいます。竹の表皮を内側にして曲げるため、立体に立ち上げるときが少し苦労します。立ち上げたあとも、自分の思い描く通りの形を作り上げていくのはなかなか難しいです。





 下写真は、もう4〜50年以上前に作られた茶碗カゴと、一緒に並べて撮ったものです。私の師匠が作る茶碗カゴと形が非常によく似ていますが、結局、作られた方の詳細は分かりません。ちなみに、柄のある・無しは使う人の好き好きで、柄があったほうが持ち運びに便利という方もいらっしゃれば、食卓に置いたとき邪魔になるのでいらないという方もおられて、好みは様々です。





  ドリアン助川という作家の書かれた「あん」という小説を読みました。丁度私がこの茶碗カゴを作っているときに読んでいましたが、小さなどら焼き店を営む千太郎という男性と、彼に餡(あん)作りを教える、元ハンセン病患者の徳江さんという70代の女性との交流を描いた物語です。私自身は10代の時にハンセン病患者の療養所があるフィリピンの村を訪れたことがあり、親が患者だったという青年としばらく文通を続けていて、色々とそこで出会った人達のことを思い出していました。小説自体は温かい作者の眼差しが感じられて、とても読みやすい本です。

 自分の中ではどこか竹細工と繋がるところもありました。小説の中に、餡作りの材料である小豆の声を「聞く」というくだりがあります。廣島さんは生前、「いつも竹のなりたい形を考えている。俺の気持ちで・・じゃいかん。竹の気持ちでやらんと。」と、おっしゃいました。

 私の師匠のことも思い出しました。師匠はかつて、「足がまともだったらこの仕事に就いていなかったじゃろう」と、言ったことがあります。それでもただひたすらに籠だけを編んできた彼の人生が、最後の5年間は言葉も喋れず身体も動かせず、意識ははっきりしているのに何故このような理不尽な目に遭わなくてはいけないのかと、私自身はずっと納得できない思いがありました。 小説に出てくる徳江さんの手紙は、私の中でそんな気持ちを少し軽くしてくれました。





 上写真は、茶碗カゴの胴体部分です。中央にある紫色のヒゴは、茶粉と呼ばれる染め粉で染色したものです。私の師匠は、室内で使われる茶碗カゴなどに、この茶粉で染めたヒゴをアクセントとして時々使ったりしていました。独立してから私自身は使用していませんが、弟子入り時代、編みたての瑞々しい竹の緑と紫のコントラストを見てとてもきれいに思ったのを覚えています。