鰯籠(いわしカゴ)   



 先月、おそらく世界最大の実用竹籠である「いわし籠」を、実際に使用されている方に話を聞く機会がありました。(雑誌の取材があって私も同行しました。) ちなみに、「いわし籠」を編む職人は、全国でもおそらく唯一、水俣に一軒だけです。 訪れた場所は、天草半島に近い、鹿児島県北西部のとある漁港。 そばで見る実際の「いわし籠」は、大変に迫力がありました。




                                        (撮影:若林純)



 鰹(かつお)漁の餌となるカタクチイワシを漁師さんから買い付け(漁自体は夜中に行われます)、船体両側に横付けされた計8個の「いわし籠」に入れて、漁港の生け簀まで搬送します。(上右写真は、生け簀に移し変えた後、竹籠をクレーンで船上に引き上げているところ。 ちなみに鰯(いわし)自体は、移送された直後は傷ついて弱っているため、何日間か生け簀の中で慣らして回復させます(下写真)。 その後、業者を通して、各地の鰹の一本釣り漁師の元へと売られていきます。 私達が訪ねたときも、東北から業者さんが買い付けに来ていました。




(撮影:若林純)


 「いわし籠」を取り付けた船は、「籠舟(かごぶね)」と呼ばれます。 彼らの職業の肩書きは、「鰹餌問屋」。 一方、竹籠を使わない「鰹餌問屋」もおられます。 鰯を運ぶのに単に網を使用したり、また、船自体に鰯を入れる水槽を取り付けたりと。 しかし、潮の流れが速いこの辺りでは、網より竹籠の方が搬送に適しているらしく、また、船体内部に備え付けたものは、メンテナンス含めて多額の費用を要し、コスト面で合わないようです。







 この「籠舟」を使用しているところは、全国でも九州のみ。(九州以外でどなたかご存知でしたら、教えてください。) そして九州でも、今は僅か4,5軒だけ。 更に、その「いわし籠」自体を編む職人も、現在となってはここ水俣の一軒のみです。 水俣の「いわし籠」職人の方は、籠編みはきつい仕事なので、体力的にいつまで続けられるか分からない・・・と、言われます。 「いわし籠」は傷みが早く、寿命は一年のみ。(一年後には、古くなった籠は燃やして、新たに買い替えます。) ですから、もし、水俣の「いわし籠」職人が編むことを辞めてしまったら、ここ僅か4,5軒で引き継がれている籠舟の風景は、その一年後には、日本からパタッと消えてしまいます。





 半ば冗談で、私が後継者となって引き継がないかと言われました。 しかし、この「いわし籠」作りは、ある意味で大工仕事のような大掛かりなものでもあり、普段私がしている竹細工とは分野が違って大変です。 「文化の継承」と、我々外部の人間が言うのは容易ですが、現実は厳しいものであることを痛感しています。