桶の輪  



 地元の方からの依頼で、緩んでしまった桶の輪(タガ)を取り替えました。桶の輪の交換は、もともと桶屋さんの仕事ですが、ここ水俣では早くに桶職人が途絶えてしまったため、たまに私のところに依頼があります。

 下写真は、直径16寸と14寸の寿司桶の輪を取り替えたところです。それぞれの輪は一本の竹を5周して編んでおり、途中で継ぐこと無く、8m位の竹を長々と削っています。しばらく桶の輪の仕事をしていなかったせいか、勘がつかめず、水も漏らないようにきっちりとはめ込むのは非常に苦労しました。私の友人である岩手の桶職人桶正さんに都度電話して、要所要所で指示を仰いで何とか仕上げた次第です。




 私の師匠は若い頃のある時期、桶職人の家に間借りして暮らしていました。なので、師匠は桶屋の仕事ぶりに精通しており、私が弟子入り中もタガを換える注文を引き受けては、私もよくお手伝いをしました。(とは言え、私は師匠の側で桶をくるくると回すだけの係でしたが。) 師匠によれば、かつて「田舎周り」で各地を転々としていた頃、一緒に桶屋さん(桶屋どん、と呼ばれます)も回ってきて、各家庭の桶の輪を交換していったそうです。その昔、「桶」と「カゴ」が人々の暮らしに欠かせなかった頃の話です。


 下写真は、取り替える前にはめてあった金属製の輪です。現在ホームセンターなどで見かける寿司桶の輪は、機械を使って締め上げるこの手のタガが殆どで、竹で巻いてあるものを見かけることは少なくなりました。金属製の輪はやがてはこうやって不燃物となってしまうので、私はやはり、手間はかかっても職人の手によって「竹」で巻かれている桶が好きです。






 
下写真の左側は、師匠から譲ってもらった桶の輪をはめ込む道具です。堅い樫(かし)の木で作ってあります。下の輪に行くほど輪は簡単にはまらないので、二本の金ヘラを差し込み、両手両足を使って徐々に桶の輪を叩き込んでいきます。

 右側の写真、右の寿司桶の場合は、底に切込みが入っているので輪を2本にしていますが、通常は左の桶のように3本の輪を入れます。上に近い方から順番に、「口輪」、「底持ち」、「泣き輪」と、呼ばれます。一番下の「泣き輪」は、最後にかなりきついところを無理して入れるので、桶屋さんが泣くほどにつらいことから、「泣き輪」と呼ばれるそうです。大きさの調整が難しくて、今回私は一回で決めることはできず、何度もやり直しては、文字通り「泣き」そうになりました。





 私の師匠が頭にねじりハチマキをぎゅっと締め、カンカン!と木槌で桶の輪を叩き込んでいる姿を思い出します。今回私は、師匠のようには要領を得ず、夜遅くまでかかってようやく最後の「泣き輪」をはめ込んだ次第ですが、自分で桶をくるくると回しながら輪を叩き込んでいると、「カゴ屋もいいけど桶屋どんもいいなぁ」と、木槌の音を聞きながら、昔の師匠の手伝い時代を思い出してました。





 岩手の桶正さん、色々とアドバイスを頂きまして、どうもありがとうございました。おかげさまで木の性質や桶の構造など、竹のことしか分からなかった自分にとっては新たな発見がありました。これからも桶屋とカゴ屋のやり取り、どうぞよろしくお願いいたします。