塩てご


  
 「塩てご」とは、昔の生活のカゴで、網代編みで編んだ逆円錐形のカゴのこと。その昔、塩が今のように精製されていなかった時代、塩田からの塩はじっとりと水分を含んでいたため、各家庭ではこのようなカゴに入れて保管し、そして先端から垂れ落ちる「にがり」は、自家用の豆腐作りに使われました。水分が下に落ちることで塩が固まるのを防ぎ、かつ、豆腐作りの「にがり」も取れる・・・こんな「塩」と「豆腐」と「竹」の三角関係。昔の人の智恵が凝縮されたような「塩てご」を、私はいつか編んでみたいとずっと思っていました。


     


 「塩てご」は、実は弟子入り時代に編んだことはありました。(地元の老人会が、海水を煮詰めて塩を取るとのことで) しかし当時、私の師匠は「塩てご」を長い間編んでいなかったせいか、編み方をはっきりと覚えておらず・・・それで私もずっと自信が無いままでした。今回、私が以前にお世話になった鹿児島県薩摩半島の竹細工職人のもとを訪れて、彼から直接にその作り方を習ってきました。


    



 かつて水俣に来る前、まだ弟子入り先を探し回っていた頃、私は彼の弟子になりたいと頭を下げて頼み込んだことがあります。彼のもとに何日間か通い詰めましたが、それでも彼は結局、弟子を取ることを認めてはくれませんでした。それは、この仕事は大変だと感じておられる彼が、竹細工をすることを私には決して勧められないという理由からでした。彼は15歳のときに弟子入りされて、もう60年間ずっと竹細工の道を歩まれています。鹿児島の竹細工職人は、網代で編んだものをツヅラで括る仕上げが特徴で、底の平たいカゴを「バラ」と言うことから、「バラ作り職人」とも呼ばれます。


 下写真は、彼が編まれた直径1.1mの味噌作り用「大バラ」です。その昔初めて彼のもとを訪れたとき、私は、彼の小柄な体とは裏腹に全身から発せられる、ものすごい迫力に圧倒されました。私が大声で色々と自己紹介をするも決して手を休めず、ひたすらに竹を割ってバラを編み続ける彼の姿に、正直次の言葉が続かなかったのを思い出します。





 今回の訪問中、彼は今も問屋さんからの注文で、時々「茶ベロ」を編まれていることを知りました。下は、今年の春に彼が「茶ベロ」を作られたとき、知り合いの方が撮影してくれた写真だそうです。彼の仕事場の上に飾られていました。彼曰く、色々なカゴの中でも、「茶ベロ」がやはり一番大変だとか。今も現役の「茶ベロ」製作者から、実際の作り方や寸法などの話を伺うことができたのは貴重なことでした。



 「塩てご」は、二本飛びの網代編みで作りますが、柄を挿すところの両端は崩して三本飛びにします。誰が最初に考えたのかは分かりませんが、こんなにも実用的で(実用的だからこそ)美しい形を編み出した昔の職人はすごいと、編んでいてつくづく思いました。かつて彼が自分の師匠から習われたように、私は文献からではなく、直接に彼本人から自分の手に教わりたいとずっと思っていました。「竹」と「塩」で「にがり」を取り出す「塩てご」。こんな不思議な三者の関係を編み出し、そしてその「形」がずっと受け継がれてきたのは、彼のような竹細工職人のおかげです。




 ご本人の許可を得て、彼の写真を少しだけ紹介させていただきました。仕事のし過ぎで腰が曲がり、ヒザには水が溜まってね・・と、笑って言われる彼の太く少し曲がった指の関節を見て、私はあらためて職人の生き様に深い敬意を抱いています。